高齢の親を持つ人は、親の家の片付けをお願いしても中々して貰えないことが多いみたいですね。
ある人は義母の家の物を捨てて欲しいと言った所、「私が死んでから捨ててくれ」と言われてしまったそうです。
そんなことを言っても遺品整理をする方は大変ですし、一度に大量に処分するとしても費用が結構掛かってしまいそうだから大変ですよね。
でも確かに死んでから捨ててと言っておいた方が自分は苦労して整理することはないわけですし、楽と言えば楽なのかも知れません。
残された方は苦労しますけどね。
だから私は出来るだけ生きているうちに自分の手で物を整理しておきたいなと思います。
この前は色々売って本当に少しですが整理が進みました。
けどあれだけ色々売ったのにまだ部屋が全然片付いたように感じないのはそれだけまだまだ物で溢れているということなのです。
もう全然見ることもなかった有名漫画家さんのイラスト集も中身を見ることなく売りました。
中身を見ていたら捨てにくくなると思うので…。
これからも少しずつ物を処分していきたいです。http://www.fndg.co/aiful/aiful-hensai.html

国会の文教委員会で議論が進んでいるが、歴史という教科は、新しいことが付け加えられるばかりだと思っていた。
このたび、正しい事柄が見つかるとそこの部分も書き換わると知った。
我々が教えられた聖徳太子という人物が、なんとなく聞き覚えている厩戸皇となるようだ。
聖徳太子とは、亡くなったあとの記述のなかに記されたものであるので、このように変わるのだと。
ただ、ここで気になるのが小学校と中学校で教える内容が少し異なるようである。
いまひとつピンとこない。
さらに良く見る肖像画、昔の一万円札の絵も伝聖徳太子と表記されるようだ。
ちなみに源頼朝などもそう表記されるようだ。
昔の人の肖像画ってほとんどこんなもんである。
江戸時代から明治時代の西郷隆盛ですら一般的に知られている銅像ですら、合成して作られたようである。
そんなことは、皆知っているのに、なぜここでこのような変革をするのか、孫との会話がしにくくなるではないか。
もっと、わかりやすくすべきではないのか。